社会保障財源と地方自治
〜国民健康保険国庫負担金の一般財源化を例に〜
【目次】
 ■はじめに
1 「一般財源化」とは何か
 ■国保事務費負担金の一般財源化
 ■保険基盤安定負担金の一般財源化
2 地方交付税制度の問題点
3 一般財源化の交付対象と国保事務費
4 一般財源化と地方交付税
5 社会保障費の財源調達
■はじめに
地方自治体の財源は、その使途に着目した場合二つに分けることができる。
第一は、使用目的が限定された国庫支出金・地方債等の「特定財源」、第二は、自治体で自由に使うことができる地方税・地方譲与税・地方交付税等の「一般財源」である。
本稿では、国民健康保険に関する国庫支出金の一般財源化、すなわち地方交付税への振替措置を例に、今後ますます進展していく高齢社会における社会保障財源の負担のあり方を、地方自治といった観点から考えていく。
■1 「一般財源化」とは何か
1992年度、1993年度と、このところ2年間に渡って、市町村に対する国の負金・補助金が一般財源化された。
1993年度において一般財源化されたものの全体は、次のとおりである。
                1993年度国庫補助負担金一般財源化一覧
                              計1,555億円
1 文部省660億円
                (1)義務教育費国庫負担金等のうち共済費追加費用等一般財源化経過措
置前倒し(649)
 (2)高等学校危険建物改築補助制度の重点化(11)
2 厚生省820億円
 (1)国保事務費負担金の一部(104)
 (2)保健所運営費交付金(人件費相当分)(212)
 (3)看護婦等養成所運営費補助金(自治体立分)(20)
                (4)公的病院等特殊診療部門運営費補助金(自治体立分)(24)
 (5)国保保険基盤安定制度に係る国庫負担金縮減(460)
3 中小企業庁 75億円
 (1)小規模事業指導費補助金(75)
このうち国民健康保険に限ってその概要を述べると、1992年度に国民健康保険事務費負担金の一部と助産費補助金が一般財源化され、また1993年度に同事務費負担金の再度の見直しと保険基盤安定負担金の一部について一般財源化が図られたことである。
そのうち助産費補助金については、その性格が後述のように「補助金」であること、また、被保険者に支給する金額が一件当たり13万円から24万円へと給付改善されており、単なる国と地方との間の財政調整にとどまらない問題を含んでいるため、本稿では取り上げない。
■事務費負担金の一般財源化
まず、事務費負担金の一般財源化の規模を厚生省予算の面から概観してみよう。
1992年度は、厚生省概算要求額1,062億円に対し査定額286億円で、776億円(73.1%)の減となっている。また、1993年度は同様に概算要求額284億円に対し査定額172億円で、112億円(39.4%)の減となっている。
この原因は、「事務費」の内容の見直しにある。この内容の見直しは、各年度12月下旬の大蔵省による予算原案内示を控え、歳入歳出のつじつまを合わせるため、12月に入ってから忽然と行われた(厚生・大蔵・自治3省同意が1992.12.18)ことからも推測されるように、議論を詰めた果てに行われたものではない。
さて、事務費見直しの内容は次のとおりである。
    【国保事務費負担金の厚生省予算推移】
1992年度;要求額1,062億円に対し、286億円の査定額
1993年度;要求額284億円に対し、172億円の査定額
(1)1992年度 事務費は職員人件費と物件費とから成るが、そのうち職員人件費を一般財源化し、国庫負担金の対象から外す。
(2)1993年度 物件費のうち職員人件費に類する非常勤職員等の賃金、委託料、負担金の一部を一般財源化し、国庫負担金の対象から外す。
この理由は、国民健康保険事業も実施からすでに30年以上が経過し、職員の異動などの実態からみて十分に自治体事務に同化された、ということにある。
この認識自体は正しいとしても、このような実態は急にできあがったわけではない。にもかかわらず、上述のように1カ月にも満たない期間の議論の中で制度の改変が行われたことが問題である。

■保険基盤安定負担金の一般財源化

次に保険基盤安定負担金の一般財源化について見てみよう。
保険基盤安定制度というのは、保険料負担能力が低い低所得者の加入割合が高いという国保制度が抱える構造的な問題に対して、公費による財政支援を行う制度である。具体的には、各市町村が法令の定める基準に従い条例で定めるところにより行う保険料の軽減相当額について、その全額を一般会計から繰り入れを行い、その繰入額について、従来、国が2分の1、都道府県が2分の1負担するものであった。ところが、1993年度の制度変更ではこの国の負担割合が定額約100億円に固定するものである。
このことを厚生省予算の面から見ると、1993年度の概算要求額560億円に対し査定額100億円で、460億円(80.6%)の減となっている。
【保険基盤安定制度の財源構成】
保険料軽減額総額 1,120億円
1992年度のルール;国560億円、県280億円、市280億円
1993年度のルール;国100億円、県280億円、市740億円
本市のような地方交付税不交付団体(以下「不交付団体」という)は、一般財源化による国庫支出金の減額に伴う地方交付税の増額は期待できない。そこで、不交付団体が一般財源化に反対するのは自治体財政運営上当然といえるが、一般財源化の問題は何も不交付団体だけに限られるものではない。
基本的には、一般財源の比率を高める「特定財源の一般財源化」は、地方自治の立場からして自治体にとって好ましいといえる。それなのに、なぜ「一般財源化」が問題となるのであろうか。
■2 地方交付税制度の問題点
地方交付税制度の目的は、地方自治体間の財政調整にある。自治体間の税源の偏在ということから、富裕な自治体と貧困な自治体が生じる。そのため、自治体間の財政調整がなされるわけであるが、この財政調整の基準は国(自治大臣)によって作成されている(地方交付税法4条)。地方交付税法による基準財政需要額(その自治体にとって必要とされる資金総額)と基準財政収入額(その自治体にあって収入されるべき資金総額)との差額を地方交付税として交付するタテマエであるが、地方交付税の総額は国税3税(所得税・法人税・酒税)及び消費税・たばこ税の一定割合で決まるため、これらの総和が基準財政需要額と一致することは理論上ありえない。つまり、基準財政需要とは、地方交付税額に一定の計数操作をした結果から作り出されるフィクションの数字でしかない。
財政需要の積み上げでありながらも最後には計数操作をせざるを得ない、基準財政需要のフィクション性が問題の第一である。また、その基準の作り方が国によって一方的になされることが問題の第二である。配分の仕方も、いったん国税として国が徴収したものを地方に渡す、という現在の方式がベストの方法とは限らない。地方が徴収した税を、富裕な自治体から貧困な自治体に配分するというやり方のほうが、自治体間の財政調整という観点から自然なのではないだろうか。この点が問題の第三である。
■3 一般財源化の対象事業と国保事務費
自治体は一般財源によって、自由に事業ができることが地方財政の原則である。国による義務的事業を行うために一般財源があるのではない。言い換えれば、「一般財源化」がなされる以上、その事業が義務的でないことが前提であるはずである。事業実施の選択可能性がない経費は、一般財源化される・されない如何にかかわらず、当然支出されるのだから。
ということは、いわゆる「国庫負担金」に関する事業は一般財源化されてはならない、もしくは少なくとも一般財源化に際して、十分な議論の積み重ねが要請される。そして、一般財源化への手法としては、根拠法令の改正が必要とされるといえよう。
ここで、「国庫支出金」について整理すると、次のようになる。
(1)法令、建設事業、災害などにより自治体が支弁する経費のうち国に一定割合を負担することを義務づけた「国庫負担金」(地方財政法10条〜10条の3)
(2)もっぱら国の利害に関する事務に要する経費のため、国に全額の負担を義務づけた「国庫委託金」(同法10条の4)
(3)国が奨励的または地方財政援助の目的で支出する「国庫補助金」(同法16条)
すなわち、国庫支出金のうち(3)の国庫補助金に関する事業は一般財源化措置に馴染むが、そのほかの事業は一般財源化には馴染まない。
1992年度の制度変更のうち、先に述べた助産費補助金の一般財源化は、この意味で一般財源化の趣旨には反しない。また、1993年度の制度変更のうち保険基盤安定負担金の一般財源化は、その目的や手段はともかく、国民健康保険法の改正によって一般財源化を行うことから、その手法はよしといえよう。
ところが国民健康保険事務費は、地方財政法10条8号の3、国民健康保険法69条に規定する国庫負担金である。これらの規定によると、「政令の定めるところにより」との留保付きではあるが、国は国民健康保険事務費を負担しなければならないのである。もとより、「政令の定めるところ」は政令に自由裁量を与えたものではなく、これらの法の趣旨を十分に踏まえた内容でなければならない。
■4 一般財源化と地方交付税
さて、国民健康保険事務費の一般財源化自体、上述のような問題点がある。
一方、基本的には、一般財源の比率を高める「特定財源の一般財源化」は自治体にとって好ましいことはすでに指摘したとおりである。これら矛盾した二つの問題を止揚するには、一般財源化に際して、自治体に対して十分な財政的手当がなされる必要がある、といえよう。
92年、93年の制度変更では、地方交付税算定に際して、国庫負担金減額分を基準財政需要に算入するという対策がとられた。単純に考えれば、その分だけ基準財政需要が膨らむので、地方交付税交付団体全体では、同額だけ交付税が増額されることになる。しかし、本当にこの図式は正しかったのか。地方自治体の歳入歳出予算総額の見込額を地方財政計画というが(地方交付税法7条)、92年年末にまとまった93年度地方財政計画を見てみよう。
その総額は約76兆4,200億円で、このうち地方交付税交付金は、実額では92年度当初予算より1.6%減の15兆4,315億円と、9年ぶりの対前年度比減になっている。この中には、国の財源難に伴い本来交付すべき額より減額するという特例減額4,000億円が含まれており、この減額分は94年度以降に埋め合わせ措置がとられることになってはいる。しかし、この特例減額も3年続きの措置(91年度5,000億円、92年度8,500億円、93年度4,000億円)であり、国の財源難が理由であるため、将来本当に埋め合わせ措置がとられるのか疑問の余地もある。
すなわち、一般財源化の効果として増額されるはずの交付税総額が増えてはいない。この理由の一つとして考えられるのは、一般財源化による交付税への跳ね返りが期待できるのは交付税交付団体だけで、不交付団体にはその効果が現れないこと、つまり、総体として交付団体の交付税所要額が減少したことを意味するが、昨今の景気の低迷は自治体の財政運営を一層困難にしており、この理由付けには現実性がない。そして、もう一つの理由が、先に述べたとおりの基準財政需要算定に当たっての計数操作である。やはり、一般財源化は、地方交付税の税率の増加なり国税から地方税への税源の委譲が伴わない限り、国家財政歳入不足の自治体へのツケ回しを目的にしたものにすぎないといえる。 また、93年度地方財政計画のうち、地方債計画は普通会計分が21.1%増の6兆2,254億円で、5年ぶりの6兆円台。公営企業会計などその他分は14.5%増の4兆1,331億円。いずれも高い伸びを示している。地方単独事業の伸びに対応させたことが大きな原因であるが、地方債という自治体の借金を当てにした地方財政計画といえる。このことは、国民健康保険事業費の一般財源化についても当てはまり、地方交付税不交付団体では、一般財源化された経費の財源については、自治体が財源不足に陥った際に発行することができる調整債で賄うことになっている。
■5 社会保障費の財源調達
交付税措置、調整債と自治体財源の当面の補填策を講じてはきたものの、このように考えると、バブル崩壊後の正常な財政状態では、構造的に高齢者・低所得者を多く抱えざるを得ない国民健康保険に要する医療費を、現状の制度では賄い切れないという現実に突き当たる。国では、だからこそその負担を自治体に回そうとしている。これまでは、保険者としての市町村がターゲットであったが、この流れは都道府県にまで広がろうとしている。
しかし、今後20年〜30年の間に人口の高齢化がさらに進むことは明白であり、高齢化に伴い増加する医療費など社会保障財源をどのように調達するかは、きわめて重要な課題である。このことは何も国民健康保険医療費に限らず、医療費全般、また年金などを含めた費用全般に共通する。
これらの問題は、単に国と地方の財源問題ではない。民間セクターを巻き込んだひじょうに大きな課題である。
けれども、これらの課題に取り組むに当たって、地方自治といった視点を欠いてはいびつな結論になってしまうことも目に見えている。
社会保障費は、現行制度のままでも公共セクターだけでは賄い切れない。にもかかわらず、さらに充実した制度を求める声は、対象者の増大とともに拡大することは必須である。この要求に対して、対象者自らが受益に見合った費用負担をしていこうという声はあまりにも小さい。
社会保障の枠組みを改廃する権限を持つ国としては、このままでは財政を運営していくことはできないので、ツケ回しの先を考えることになるが、一番安易で抵抗が少なそうな行き先は自治体であろう。
自治体なかんずく市町村は、市民にもっとも身近な自治政府であるが、自治体が「自治」を発揮できる範囲は、法令の範囲内でしかない。そして、法令は国が定めるのであるから、制度的には国の考えによって、自治や自治体の財政基盤は国の思いどおりになってしまう。
とはいえ、国の考えも国民の意向に逆らって推進することはできず、国民とは同時に市民でもある。自治体が市民の支持を強く得て、市民自治の機構として十分に機能しているのなら、制度的に権限を持つ国といえども、自治体へ一方的に財政負担の転嫁はできない。したがって、自治体の課題は、増え続ける社会保障費の負担をどのようにしたらよいかを市民とともに考えるとともに、そこで得た力を国に強くアピールすることにある。
そして、このような自治体の努力は将来的に求められてくるようになるわけではない。実は、現在の課題なのである。自治体がこの課題に適切に応えられていないからこそ、地についた財源保障もなしに一般財源化が短期間になされ、調整債の発行などという将来の負債まで背負わされてしまう結果になっているのではないだろうか。

川崎市 山口道昭

『くるとぅーる』第4号所収、1993年7月刊

 
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